君の名を唄う
私は深く息を吸うと、静かに音を紡ぎはじめた。
誰かの前で歌うのは、はじめてだった。
親友の真由子にさえ、歌が好きなことは言ったことがない。
私の歌に合わせ、一ノ瀬さんがギターを鳴らす。
なんて気持ちいいんだろう。
静かで、暖かくて。
夢の中にいるみたいに、ふわふわしていて。
「綺麗な声だね」
「…、っ」
「僕、好きだよ」
初めて言われたことではない。
あの日もーー同じ言葉をかけられた。
歌の話だと分かってはいても、震える心はおさまらない。
「私も……一ノ瀬さんのギター、好きです」
「…へ」
一ノ瀬さんの驚いた表情。
「…ありがとう」
一ノ瀬さんは照れくさそうに、その黒髪をくしゃりと搔きあげた。