君の名を唄う



雨の音に負けないよう、
まっすぐ、まっすぐ、音を紡いでゆく。

歌は私にとって、なくてはならないもの。

歌は私にとって、唯一世界を変えるもの。

大袈裟かもしれないけれど、それでも私は歌に救われたの。

黒猫は、少しずつ私に歩み寄ってきた。



「…いい子」



冷えた手で、黒猫を撫でる。



「首輪…?」



気づかなかったけれど、黒い首輪が繋がれていたようだ。
なにやら、文字も刻まれていて。



ーー”noa”…?



「あなたの、名前ー…」

「ーーーノア」



ふいに、頭上から落ちる声。

大雨の中、低く、冷たく、静かに響く。



「あ、の」

「使って」



背の高い、男の子。

落ち着いた雰囲気。

年上だろうか。

目にかかるかかからないかの前髪が、
私に傘を差し出すと同時に揺れる。



「え、でも」

「いいから。…ノア」



優しく名前を呼ばれると、ノアはおとなしく彼の足元へと頬をすり寄せた。



「あの、傘…いつお返ししたら」

「ノアが自分から誰かに近寄るなんて、初めてだよ」



ふいに交わる視線に、ドキッとする。

ノアと同じ、綺麗な瞳。
綺麗な黒髪。
綺麗なーーー。



「綺麗な声だね」

「え…」



彼は、そう一言だけ残すと、フードをかぶり、
あっという間に雨の街へと消えてしまった。



「お礼、言いそびれちゃった…」



彼が一体何者で。

なぜあんなにも悲しそうな顔で笑うのか。

このときの私には、知る由もない。



だけどーー。



ひとつだけ、確かなのは、

私の心が、大きく震えていたということ。


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