君の名を唄う
折りたたみ傘を片手に、とぼとぼと帰路に着く。
あの日、あのとき、彼と初めて出会った場所。
「………」
ここでこうして立ち止まるのは何度目だろう。
まだ何も、
名前さえわからない彼に対して、
私が抱いているこの気持ちの名前を私は知らない。
たぶん、知らなくて良いのだ。
きっともう会うことはないのだから。
顔をあげ、再び歩き出した私は、
その場ですぐに立ち止まってしまった。
「ーーえ…」
猫の鳴き声が響く。
神様は、なんていじわるなのだろう。
雨の街にて。
少し伸びた前髪の隙間から見える、綺麗な瞳と視線がぶつかる。
そこに立っていたのは、
ーーまぎれもなく、”彼”だった。