プリテンダー
そういう僕も、小さい頃に両親が離婚してばあちゃんに育てられ、家族で遊園地に来た記憶はない。

記憶に残る初めての遊園地は、近所の友達の家族と一緒だった。

大きくなると友達や彼女と一緒に行ったりはしたけれど。

一緒に遊びに行った記憶どころか、僕には写真以外の両親の記憶さえない。

遠い記憶に微かに残っているのは、母親の『いい子にしていてね。』という言葉だけだ。



いくつかの乗り物に乗った後、ベンチに座って売店で買ったジュースを飲んだ。

「杏は高い場所とか速い乗り物とか、平気なんだね。」

「うん。面白い。」

「次は何に乗りたい?」

「あれ。」

杏さんは空中ブランコを指差した。

期待に目を輝かせる姿は幼い子供みたいで、思わず頭を撫でたくなるほどかわいい。

「じゃあ、ひと休みしたら乗ってみようか。」

「うん!」

杏さんが嬉しそうに笑った。

こんな無防備で無邪気な笑顔を見たのは初めてだ。

「杏、遊園地楽しい?」

「…すごく楽しい。」

「良かった。」

僕も楽しい。

本当の恋人ではないけれど、今だけでも杏さんを笑顔にできるなら、偽物の婚約者も悪くないかな、と思えた。



< 110 / 232 >

この作品をシェア

pagetop