プリテンダー
…なんで今更、そんな事を思い出すんだろ。

美玖のために初めて作った弁当の中身なんて、もう忘れかけてたのに。

今、僕の目の前にいるのは、僕の料理が地味でつまらないと言った美玖じゃなくて、どんな簡単な料理でも目を輝かせて喜んでくれる杏さんだ。

ああ、そうか。

杏さんは裕福な家庭に育ったから、豪華な料理なんて見飽きるほど食べ慣れている。

だから、僕の作ったなんでもない素朴な料理が珍しいんだ。

そして僕の作った料理が、ばあやの作った料理に似ているから。

ばあちゃんの料理を食べて育った僕は、母親の料理の味を知らない。

母は父と離婚して、幼い僕を捨てて新しい男と出ていったきり、僕の目の前に姿を現した事はない。

僕は自分を産んだ母親にも愛されていなかったんだな。


結局僕は、本当の意味で誰にも必要とされてはいない。



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