プリテンダー
通話ボタンを押して返事をすると、イチキの御曹司はモニター越しに、あからさまにイヤな顔をした。

「杏はいるか?」

偉そうな態度だ。

まずは名を名乗れ。

「どうぞ。」

僕は少しムッとしながら、エントランスのオートロックを解除した。

「鴫野…わかっているな?」

「もちろんです。」

婚約者をうまく演じろって言いたいんでしょ。

わかってますよ。


しばらくすると、ゴージャス感の溢れるチャイムの音が部屋に鳴り響いた。

イチキの御曹司は見下すような目で、玄関に出た僕を睨み付けた。

杏さんと僕がホントに一緒に暮らしている事が悔しいのか?

ちょっといい気分だ。

とりあえずコーヒーを出して、僕と杏さんが一緒に暮らしているという余裕を見せつけた。

「どうぞ。これから僕と杏は昼御飯にしますけど、市来さんはもうお食事は済まされたんですか?良かったら市来さんの分もご用意しますけど。」

「いや、結構だ。」

「そうですか?」

杏さんにもいつも使っているカップに熱いコーヒーを淹れ直して差し出した。

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