プリテンダー
その翌日から僕はまた試作室で一人で弁当を食べている。

あれから1週間経つけど、渡部さんはもう仕事以外ではここには来ない。

仕事の後、僕を待ち伏せするような事もなくなった。

変に気を持たせてしまった罪悪感もあるし、やっと解放されたという安心感もある。

最初のうちこそ僕に好かれたくて必死だった渡部さんが、日に日に当たり前のように僕を求めて来るようになり、それに応える苦痛に耐えられなくなった。

僕は毎日昼休みが終わるたびに、渡部さんへのものではない罪悪感と虚無感に苛まれていたから。

あんな事はやっぱり、好きでもない相手とする事じゃない。

求められて応えても、なにひとつ気持ちいい事なんてなかった。

ただ、杏さんに隠しておきたい事が増えるのがつらかった。

杏さんは今日もまた、デスクでカロリーバーをかじっている。

また毎朝二人分の弁当を作って一緒に食べようと言えたらいいんだけど、僕は杏さんに心の汚ない部分も何もかも見透かされてしまうのが怖くて、そんな事をする勇気はなかった。


どんなにうまくできても、ここで一人で食べる弁当は味気ない。

以前はそんなふうに思った事、一度もなかったのに。



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