プリテンダー
定時になる少し前。

矢野さんが僕の肩を叩いた。

「新商品の試作もようやく落ち着いたし、今日は飲みに行くか。」

どうしようかな?

杏さんが帰って来るなら、久しぶりに美味しい物を食べさせてあげたいし。

そんな事を思っていると、杏さんが新商品に関する資料を持って試作室にやって来た。

「杏さん、帰りに一杯どうですか?」

矢野さんは軽い口調で杏さんを誘った。

「いや…私は今日も帰れそうにないので遠慮しておく。」

「そうですか?あんまり無理しちゃダメですよ。」

「ああ…そうだな。」

そうか…杏さん、今日も帰れないんだ。

僕が張り切って夕飯を作っても、また食べてはもらえないんだな。

「矢野さん、僕行きます。」

「おー、じゃあこの前の店にするか。」

「いいですね。そうしましょう。」

だだっ広い部屋で一人で味気ない食事をするより、矢野さんと一緒に酒を飲みながら食事をした方がいい。

どうせ今日も杏さんは帰って来ないんだから。




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