プリテンダー
渡部さんは大粒の涙をこぼしながら、一度だけでいいから抱いて、と言った。

胸にしがみついて涙を流す渡部さんを、僕は他人事みたいに冷めた気持ちで眺めた。

もうこの涙にも欲情を煽られたりはしない。

涙は男をおとすための切り札か何かだと思ってるんだろうか。

とんだ勘違いだよ、それ。

往生際が悪いって、こういう事を言うんだな。

しつこいのは好きじゃない。

ホントに一度だけでキッパリあきらめるのか?

「お願い…。」

渡部さんがまた呟いた。

「ホントに一度だけ?」

「……うん…。」

「優しくなんかできないけど。それでもいい?」

渡部さんは少し悲しげにうなずいて、目を閉じた。



それから僕は無機的に渡部さんを抱いた。

そこには優しさどころか欠片ほどの同情さえもなかった。

早く終わらせたくて、わざと激しく彼女の奥をかき混ぜて。

泣き顔が見えないように渡部さんを這いつくばらせて、後ろから乱暴に突き上げて。


この曖昧で不条理な関係を終わらせるためだけのセックスは、何も満たしてはくれない。


虚しさと自分の薄汚さで吐き気がした。


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