プリテンダー
杏さんはおもむろに振り返り、僕の方を見た。

「帰りに矢野に会った。おまえは酔った彼女を家まで送って行ったんだろう?」

「……すみません…。」

それ以上、何も言えなかった。

杏さんに知られたくなくてついた嘘は、僕が杏さんに言えない事をしていたと言っているようなものだ。

「悪かったな、嘘までつかせて。おまえが彼女と付き合うのを止める権利なんて私にはないのに…。」

「杏さん、僕は…!」

彼女とは付き合っていないし、好きでもない。

僕が一緒にいたいのは…。

「もういい…。」

杏さんは、みっともなく言い訳しようとする僕の言葉を遮った。

「私とのこんな生活、鴫野もそろそろ限界だろう…。」

そう言い残して、杏さんは自分の部屋に入ってしまった。



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