プリテンダー
杏さんは突き付けられた現実に抗うのをやめてしまうつもりなんだ。

自分で選んだ好きな仕事も捨てて、本当の恋愛をしたこともないままで、自分の幸せもあきらめて。

「それで…杏さんは幸せですか…?」

「決められた相手と結婚して家を継ぐのは、有澤家の第一子として生まれた時から決まっていた。それに抵抗して今まで自由にさせてもらっただけでも幸せだと思わないとな。」

そんなの嘘だ。

恋をした事もないままで決められた相手と結婚するなんて、いくらなんでも悲しすぎる。

いつもは仏頂面の杏さんが、さっきからずっと笑っている。

その笑顔が痛々しくて、僕は杏さんの手を握りしめた。

「なんで無理して笑ってるんですか…。」

「無理なんてしていない。あれで穂高も悪いやつではないし、それなりにうまくやっていけるだろう。決断してしまえば、たいした悩みでもないな。」

「…嘘つかないでください。」

もうそんな心にもない強がりな言葉は聞きたくない。

杏さんの本当の気持ちを、話して欲しい。



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