プリテンダー
「……なんですか?」

杏さんは小さく息をついて、僕から目をそらした。

「本当は…何もなかったんだ。」

「……え?」

一体なんの事だろう?

「私が送っていったあの夜…鴫野は私を襲ったと思っていたようだけど、実際は…鴫野の思うような事はしていない。」

「………えっ?」

杏さんの話によると、僕は杏さんを押し倒して強引にキスをして、ほんの少し肌に触れて眠ってしまったらしい。

つまりは夢だと思っていたのが実際に僕がした事の記憶で、そこから先は僕の憶測だったと言うことだ。

「だったら…シーツに付いてた血の跡は…。」

「ああ…それは多分、鼻血だな。」

「鼻血?!」

「眠ってしまった鴫野の体の下から這い出た時に、寝返りを打とうとしたおまえの肘が私の鼻に激しく命中した。」

僕が杏さんに激しく肘鉄を食らわして、まさかの鼻血…。

「すっ…すみません…。」

「ベッドを汚さないようにすぐにハンカチで押さえたつもりだったんだが…。」

「だったらもうひとつ…ゴミ箱にやけにたくさんのティッシュが捨ててあったのは…。」


< 176 / 232 >

この作品をシェア

pagetop