プリテンダー
「それも覚えていないか。ティッシュで鴫野の涙を拭いていたんだ。」

「涙…ですか?」

「帰ろうとしたら私の手を握ってな…ずっと別れた彼女の名前を呼びながら泣いていた。」

「ええっ…。」

僕が泣いてた?!

杏さんの手を握って、美玖の名前を呼びながら?!

カッコ悪いにも程がある。

よりによって杏さん相手にそんな情けない姿を晒すなんて!!

「さすがに鼻血を拭いたハンカチではかわいそうだと思って、枕元にあったティッシュを使ったんだが。」

「すみません…。みっともないところをお見せしました…。」

「いや…泣くほど傷付くなら恋愛などしなければいいと言ったけどな…。」

杏さんは小さく苦笑いした。

「私は恋愛した事は一度もないし、そこまで人を好きになった事もない。泣くほど人を好きになれる鴫野が、少し羨ましかった…。」

杏さん、ホントはそれが心残りなんじゃないのか?

少なくとも僕にはそう見える。


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