プリテンダー
「それじゃ聞こえませんよ。」

「……やっぱりいい。」

「そんなの僕が気になって眠れません。ちゃんと言ってください。」

「……。」

恥ずかしそうにうつ向いて口ごもる顔があまりにもかわいくて、僕は思わず杏さんを抱き寄せた。

杏さんは驚いて身を固くした。

「最後にもう一度だけ…恋人のふりしましょうか。」

「……うん。」

小さくうなずいた杏さんは、僕の胸に顔をうずめた。

いつになく素直に僕に身を預ける杏さんは、どこか儚げで頼りなくて、僕は杏さんを壊してしまわないように優しく抱きしめた。

「杏は本当はどうしたいの?」

「もう一度、一緒に遊園地に行きたかった。」

「うん…次に行く時には一緒に観覧車に乗ろうって、約束したもんね。」

「乗ってみたかったな…。」

「それから?」

「章悟の作った料理をもっと食べたかった。」

「うん。それから?」

「普通の恋人同士みたいなデートを、もっとしたかった。」

杏さんは核心に触れるのを避けるように、他愛ない小さな望みばかりを口にした。

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