プリテンダー
「それは…偽物の僕じゃダメでしょ?僕たちは本当の恋人じゃないから…。」

「……うん…。」

杏さんはゆっくりと僕から離れて顔を上げた。

さっきまでの頼りなげな表情は消え失せて、杏さんはいつものように振る舞った。

「変な事を言って悪かった…。この私が少女じみた事を言うなんておかしな話だな。全部忘れてくれ。」

「杏さん…。」

「明日の夜は間違えないように元の家に帰るんだぞ。」

杏さんはそれだけ言うと、自分の部屋へ戻っていった。


一人きりになると、僕はその場に座り込んで頭を抱えた。

悲しそうな杏さんの顔が、目に焼き付いて離れない。

僕はどうすれば良かったのか?

好きな人に一度も抱かれた事もないままで決められた相手と結婚したくないと、杏さんは言った。

本当は杏さんを思いきり抱きしめて、好きだと言いたかった。

夢じゃなくて本当に、この手で杏さんを抱きたいと思った。

だけど杏さんは本当の恋人にするみたいに優しくして欲しいって言ったんだ。

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