プリテンダー
どうにもならない片想い
杏さん、ちゃんと食べてくれたかな…。
昼休みが済んで、試作室で昆布から出汁を取りながらぼんやりしていると、矢野さんが慌てた様子で僕の肩を叩いた。
「おい、沸騰してるぞ!!」
「あっ…。」
しまった、やり直しだ。
火を止めて、沸騰したお湯の中でベロベロになった昆布を箸でつまみ上げた。
あーあ、何やってんだか。
「どうしたんだよ、鴫野らしくないな。」
「すみません…ちょっと考え事を…。」
「ボーッとして怪我するなよ。」
「気を付けます。」
仕事中なんだからちゃんとしないと…とは思うものの、何を見ても何をしていても、杏さんの事ばかり思い出してしまう。
矢野さんは調味料を計りながら大きなため息をついた。
「杏さん、結局会社辞めたんだな。」
「…そうですね…。」
「おまえのメニューのデータ盗んだのは杏さんじゃないって俺は思ってるけど…やっぱりこの会社には居づらくなったんだろうな。」
「……そうですね…。」
ホントの事なんて僕の口からは何ひとつ言えない。