プリテンダー
最初のうちは涙を浮かべて僕にすがる顔が少しかわいく思えて、もっと泣かせてやりたくもなったし、ちょっといじめてやりたくもなった。

だけど一緒にいるうちに、僕を求める渡部さんの目が獲物を狙う女豹みたいで、どんどん嫌悪感を抱くようになった。

どこかで見た事のあるような、僕が嫌いなあの目付き。

不意に、遠い記憶に残る声が僕の頭に響いた。


『いい子で待っていてね。』


……思い出した。

写真でしか知らない、僕を捨てて男と消えた母親の目だ。

自分のお腹を痛めて産んだ子をあっさりと捨てて色恋に走った女の、獲物を狙う女豹のような目。


だから僕は、渡部さんに嫌悪感を抱いたんだ。

僕の体を求める渡部さんの目に、遠い記憶に残る母親の面影を無意識に重ねてしまったんだと思う。

もし僕が渡部さんを好きになれたら、彼女は純粋に僕を愛してくれたのかも知れない。

心が手に入らないならせめて体だけでもとか、体を重ねてしまえば心も手に入るとか、そんな歪んだ愛情表現にはならなかっただろう。

そうさせた責任は僕にあるんだと思う。


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