プリテンダー
ついでに言うと、渡部さんはその時、僕が好きなのは渡部さんで、僕と付き合っていると杏さんに言ったそうだ。

僕自身が知らない所でそんな話をされていた事に驚いた。

だから急に昼休みを別々に過ごそうとか、弁当はいらないと言ったり、社泊の日が増えたり、僕と距離を取ろうとしたのかも知れない。

結局渡部さんはイチキの御曹司の口車に乗り、自分をフッた僕と、僕と別れなかった杏さんへの仕返しに、僕のメニューのデータを盗んだ。

その見返りは多額の金銭と、イチキコーポレーション本社広報部への再就職だったそうだ。

イチキの御曹司は渡部さんに盗ませたデータを例のシニア向けサービスの商品開発部で働く友人に渡したらしい。

事細かに自分の悪事を調べあげられたイチキの御曹司は、物も言わず青ざめた顔で唇を噛んでいた。

イチキの社長は息子のしでかした事を知って、お祖父様に平謝りだ。

その姿はちょっと気の毒に思えた。

「市来、杏と穂高の縁談はなかった事にしてくれ。」

お祖父様はイチキの社長にそう言い渡すと、イチキの御曹司に視線を向けた。


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