プリテンダー
タクシーの中で僕は、酔って自分の思い通りにならない体の重みを、杏さんの肩に預けた。

なんだかやけに杏さんの体温が心地いい。

重みに耐えられなくなったまぶたを閉じると、さっき見た美玖とあの男が腕を組んで歩いていく後ろ姿が浮かんできた。

…好きだったんだけどな。

情けなくて、悔しくて、胸が痛い。

不意に肌触りの良い柔らかい布のような物が頬に当たる感触がした。

カッコ悪い。

いつの間にか、無意識のうちに涙が溢れていたようだ。

杏さんがハンカチで僕の涙を拭いてくれていた。

「すみません…みっともない部下で。」

「部下だからいいんだ。気にするな。」


なんだ、優しいとこもあるんだな。

見た目も頭も良くて仕事ができて。

若くして出世した超エリートで。

仕事にはストイックだけど、自分の事には無関心っていうギャップがあって。

無愛想だけど部下思いで。

杏さんが男なら、きっと女の子にモテるんだろう。


男の僕なんかより、ずっと男前だ。




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