プリテンダー
「僕には言わせておいて杏さんは言わないなんて、ずるいです。」

僕はソファーから立ち上がって、杏さんの隣に距離を詰めて座った。

「僕も本当の事を全部話します。だから杏さんも、ちゃんと話してください。」

杏さんは少し困った顔をして、ゆっくりと口を開いた。

「…本当は鴫野に迷惑だと思われてると思ったから。」

「迷惑?」

「彼女がいるのに上司の婚約者のふりなんてムチャを押し付けられて、迷惑だっただろう?」

うつむきながらためらいがちにそう言って、杏さんは膝の上で手を握りしめた。

「彼女ではないですけどね。正直、最初は有り得ないって思ってましたよ。」

「やっぱり…。」

「同性の上司とだって一緒に住むなんて普通じゃないのに、杏さんは女性だし。その上婚約者のふりって言ってもそれらしい事は何もさせてくれないし。」

杏さんはうつむいたまま肩を落とした。

「いつかはまた元の上司と部下に戻るのに、鴫野と一緒にいるのが当たり前になるのが怖かったんだ。婚約者のふりをする必要がなくなったら、私には見向きもしないだろう…?」


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