プリテンダー
「…わからんな。泣くほど傷付くくらいなら、最初から恋愛なんてしなければいい。」

「それは杏さんが恋愛した事がないから言えるんです。」

失礼な事を言っているという自覚はあるのに、自分の意志とは裏腹に、勝手にこぼれ落ちる言葉を止められない。

「杏さんだってね…誰かを本気で好きになったらわかるはずです。」

「わかりたいとも思わんが?」

…なんだかな。

この強気な上司のすました顔、涙でグシャグシャにしてやりたい。

「杏さんって、誰とも付き合った事ないんですか?」

「それがどうした?」

「若くで出世して大勢の人の上に立ってるのに、恋愛経験は小学生以下だ。こんな事もした事ないんでしょう?」

手を伸ばして、杏さんの頭を引き寄せた。

驚いて何かを言おうとした杏さんの唇を、僕の唇で無理やり塞ぐ。

どんなに必死で抵抗したって、杏さんは女だ。

男の僕に力では敵わない。

僕は思いきり杏さんを抱きしめて、貪るように舌を絡めた。

柔らかく湿った舌は、少しだけウイスキーの味がした。


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