プリテンダー

僕がコーヒーを飲み終わる頃には他の社員も出社して、オフィスは賑やかになった。

「おはよう鴫野。」

矢野さんが僕の肩を叩いた。

「おはようございます。金曜はご迷惑おかけしてすみませんでした。」

「いや、あれはしょうがない。気にすんな。」

しょうがないって何が?

フラれてもしょうがないのか、それともクヨクヨしてもしょうがないのか。

「彼女の浮気現場を見た上に、あんなキツい事言われてフラれたら、俺だってやけ酒のひとつもするよ。」

「はぁ…。」

へべれけになるほどやけ酒しても、しょうがない…ね。

それにしても矢野さんはハッキリ現実を突き付けてくるな。

本人に悪気はないんだろうけど、矢野さんみたいなモテる人に言われると、ちょっとヘコむ。

「昼飯でも奢ってやるから元気出せって言いたいとこだけど…今日も弁当か?」

「ハイ。」

「じゃあ晩飯か?」

「いえいえ、お気遣いなく。」

今日の矢野さんはやけに優しい。

地味な僕が派手に失恋した事を気の毒に思ってくれているようだ。


…同情なんかされても惨めなだけなんだけど。




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