プリテンダー
上司相手に思わず母親みたいな口調になって、一瞬しまったと思ったけど、杏さんは少しずつおにぎりを食べている。

何はともあれ良かった。

「良かったらこれもどうぞ。僕、まだ手をつけてませんから。」

蓋を開けてスープポットを差し出すと、杏さんはまじまじと中を覗き込んだ。

「弁当に味噌汁?」

「汁物はいろんな具材を入れやすいですからね。調理中に食材から出る栄養分も汁と一緒に摂れるし、一度にたくさんの栄養が摂れるんですよ。僕、毎朝作るんです。」

「毎朝自分で作るのか!!」

「そうですよ。一人暮らしで、作ってくれる人もいませんからね。温かいうちにどうぞ。」

箸を渡すと、杏さんは素直に味噌汁を飲み、箸でつまんだ大根を口に入れてモグモグ口を動かしている。

杏さん、ちゃんと人間らしい食事もできるんじゃないか。

「おにぎりも味噌汁も、全部食べていいですよ。」

杏さんは箸を止めて僕の顔を見た。

「私が全部食べると、鴫野の昼食がなくなるだろう。」

「僕は1階で何か買ってきますから大丈夫ですよ。」

「そうか…悪いな。昼食代は後で払うから。」

「いえ、それはいいです。この間ご馳走になったので。ゆっくり召し上がってください。」

杏さんはうなずいてまた味噌汁を飲み始めた。


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