プリテンダー
あまり表情が変わらないけど、この間一緒に食事をした時より、美味しそうに食べているように見えた。

僕の料理が気に入ったのかな?

…いや、単純にものすごくお腹がすいていただけなのかも。

ペースはゆっくりだけど、箸を休める事なく食べている杏さんの様子を見ると、少し嬉しくなった。



弁当を買って試作室に戻ると、杏さんは相変わらずゆっくりとおにぎりを食べていた。

「お口に合いますか?」

「ああ…なんというか、懐かしい味がする。」

「それは…地味って意味ですか?」

「いや、そうじゃない。本当に懐かしい味がするんだ。」

田舎料理的な意味なのか…?

ばあちゃん直伝のおにぎりだから懐かしい味がするのかも。



昼休みが終わる少し前。

最初は食べるのを拒んでいた杏さんがおにぎりを二つ残して僕の弁当を食べ終えた。

少食の杏さんには少し量が多かったらしい。

杏さんは残業前に食べると言って残りのおにぎりを手に試作室を出る前に振り返り、美味しかったと言った。

普段無駄な事を言わない杏さんのその一言は、本当に美味しいと思ってくれたんだと素直に嬉しかった。

美玖に地味だと言われた僕の料理を、味には厳しい杏さんが誉めてくれた。

杏さんはいつもまともな食生活を送っていないようだけど、味の良し悪しを見極める舌は確かだ。

良家のお嬢様って噂だから、幼い頃から上質なものに触れていて、舌が肥えているんだろう。


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