プリテンダー
杏さんと目が合った。

この状況はまずい。

非常にまずい。

一瞬にして、僕は我に返る。

慌てて渡部さんから離れた。

杏さんは一瞬ピクッと眉尻を上げた後、僕たちを素通りして、さっきの会議で座っていた辺りのテーブルの下を覗き込んだ。

その隙に渡部さんは慌てて会議室から出ていった。

取り残された…。

どうしようか。

動揺した僕は手にしていた書類を床にばらまいてしまった。

やっちまった…。

いろんな意味でやっちまった!!

テーブルの下を覗き込んでいた杏さんが、置き忘れていた書類を手にこちらに向かって歩いてくる。

杏さんは僕が床にばらまいた書類を拾い上げ、冷たい目で僕を見ながらそれを差し出した。

「おまえが誰とどうしようが構わんが、場所くらいはわきまえろ。私だったからまだ良かったようなものの、他の上司にでも見られたらどうするつもりだ。」

「すみません…。」

もっとも過ぎて、返す言葉もない。

書類を僕に手渡すと、杏さんはさっさと会議室を後にした。

時間をかけてようやく書類を拾い集め、僕は大きなため息をついた。





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