プリテンダー
自分のした事もそうだけど、考えていた事も理解できない。

泣き顔がかわいいとか。

ちょっとビックリさせてやろうとか。

それからやっぱり、試作室を出る間際に杏さんの言った言葉の意味がわからない。

かと言って、杏さんに直接聞くのもためらわれる。

もしかしたら杏さんはただ僕に呆れていただけで、深い意味はないのかも知れない。


……と、思いたい。




3時の休憩時間、矢野さんが僕にコーヒーを淹れてくれた。

「鴫野、さっきから難しい顔してるけど大丈夫か?さっきの会議で出たメニュー、なんか問題でもあったか?」

「いえ、そちらは大丈夫です。」

メニューには、なんの問題もない。

問題は僕にある。

「だったらなんだ?まだこの間の事でヘコんでるのか?」

「いや、まぁ…。」

なんと答えていいかわからず、僕は曖昧に返事をした。

彼女でもなんでもない同期の女の子と社内でディープキスして、その子の胸を触っている現場を杏さんに見られたなんて、相手がいくら矢野さんでも言えない。

あまり勘ぐられるのは厄介だ。

話をすり替えてしまおう。

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