プリテンダー
午前中の試作班でのミーティングを終え、昼休み。

僕は試作室で杏さんを待った。

こんな時でも食事だけは欠かさない。

人間って、案外強いんだな。

お茶を淹れていると、杏さんがやって来た。

午前中の部長会議のせいか、杏さんは少しお疲れの様子だ。

部長会議のせい…かな?

僕との事が原因なんて事は…。

いやいや、仕事人間の杏さんに限ってそれはないだろう。

「お疲れ様です。」

「ああ、お疲れ。」

湯飲みを差し出すと、杏さんは熱いお茶をゆっくりと口に含んだ。

僕はバッグから弁当とスープポットを取り出して、杏さんの前に置いた。

杏さんは今日も静かに手を合わせ、小さくいただきますと呟いて、弁当に箸をつける。

そう言えば、ここ何日か、杏さんがカロリーバーをかじっている姿を見ていない。

デスクの横には注文したカロリーバーが段ボール箱ごと常備されているのに。

僕は弁当を食べる杏さんの表情をそっと窺いながら、味噌汁をすすった。

「今日の弁当はお口に合いますか。」

「うん…今日も美味しい。」

「それは良かったです。」

杏さんは時おり箸でつまんだおかずをじっくり眺めたり、匂いを嗅いだりしながら、黙々と弁当を食べ進める。

ちょっと変わってはいるけど、僕の作った料理に興味を持ってくれているのかも知れない。


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