プリテンダー
電話を終えた杏さんは、ため息をつきながら戻ってきた。

そして少し苛立った様子で、味噌汁の中の豆腐を口に入れた。

……ここはあえて、何も聞かないでおこう。

きっとプライベートな事だ。

上司のプライベートに踏み込むのは、部下としてタブーだろう。

いや、もうこの上ないほど踏み込んじゃった僕が言うのもなんだけど。


別に約束をしたわけでも、強制されたわけでもないのに、僕は当たり前のように杏さんの弁当を作っている。

大袈裟に誉めたり、わかりやすく喜んだり笑ったりはしないけれど、杏さんは杏さんなりに、美味しそうに食べてくれていると思う。

うわべだけならなんとでも言えるんだ、美玖みたいに。


『章悟の作った料理はホントに美味しいね!こんなの毎日食べられたら、幸せだろうなぁ。』


いつもそう言って食べていたくせに、心の中では地味でつまらないと思ってたんだ。

今更だけど、やっぱりヘコむな。



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