プリテンダー
午後7時50分。

僕は杏さんに指定されたホテルのロビーで、ソファーに身を預けていた。

指定されたその意味もよくわからないまま、裕福そうな客やホテルマンの行き来する様子を眺めている。



弁当を食べ終わった後、試作室を出る間際に杏さんは言った。

「この間の事を反省しているなら、今夜7時半にホテルプリマヴェーラのロビーに来い。」

それだけ言い残すと、杏さんはさっさと試作室を出ていった。



なんでホテル?

まさか、金曜の夜の仕切り直しなんて事は…。

いや、ないない。

いくら僕が覚えていなかったからと言って、杏さんに限ってそれは有り得ない。


この場所と時間を指定した当人の杏さんと言えば、珍しく慌てた様子で、定時に退社した。

杏さんが定時に退社するなんて、滅多にない事だ。

社泊して床に転がっている姿なら、何度でも見てるんだけど。



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