プリテンダー
腕を組んで歩きながら、杏さんは僕の腕に頬をすり寄せ、少し甘えた声を出す。

「ねぇ章悟。私、今日はあれ食べたい。」

「ん、何?杏のためならなんでも作るよ。」

「んーとねぇ、いろんな野菜とかお肉なんかの入ったトロッとしたのを、パリパリの麺にかける…。」

「あー…皿うどんか。杏はホントに皿うどんが好きだなぁ。いいよ、作ってあげる。」

「うん!早く帰ろう!!」

なんだこれ?

なんかめっちゃ気持ちいいんですけど!

こんな猿芝居に酔ってる僕も僕だけど、恥ずかしげもなく部下に甘えるふりをする杏さんもどうかと思う。

男よりイケメンな職場での杏さんとはまるで別人だ。

ま、いいか。

こんな経験は二度とできないだろうし、今だけの事だもんな。


ホテルを出ると、見た事もないようなリムジンが停まっていた。

ってか、車体長っ!!

ここは日本だ。

日本は狭いんだぞ?

これは無駄に長すぎるだろ。

杏さんはその無駄に長すぎるピカピカの車に、自然な身のこなしで乗り込んだ。

……さすがお嬢様。

良家のお嬢様だって噂は聞いていたし、時々垣間見る所作の美しさから育ちのいい人だとは思ってたけど…。

杏さんって、あの有澤グループの令嬢だったんだな。

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