プリテンダー
トラウマと禊(ミソギ)
時計の針が10時を指した。
僕はなぜかこんな夜更けに、超高級マンションの最上階の角部屋のキッチンで、皿うどんを作っている。
確かになんでも作るとは言ったけど、杏さんの部屋には食材など何一つなかったので、ここから徒歩5分ほどの所にあるスーパーまで、僕が材料を買いに走った。
杏さんはと言うと、だだっ広いリビングのソファーで難しい顔をしてノートパソコンに向かっている。
とりあえずうちに来い、と杏さんに連れられてここに来たものの、さっきの猿芝居の事や杏さんの家の事は、何も聞いていない。
結局あれってなんだったんだ?
なんか、いろいろややこしくなりそうな予感。
気になる事はたくさんあるけど、とりあえず、難しい話は食事の後だ。
ダイニングテーブルで向かい合って、杏さんと二人で皿うどんを食べた。
このゴージャスな部屋には似つかわしくない、庶民的な料理だ。
それでも杏さんは、黙々と皿うどんを食べている。
杏さん、料理を見た事はあっても“皿うどん”と言う名前を知らなかったのかな。
だからあんな言い方をしたのかも。
「杏さん、皿うどん食べるの初めてですか?」
「初めてだ。美味しいな。」
「それは良かったです。」
皿うどんはお気に召したようだ。