プリテンダー
「だったら尚更、然るべき相手と結婚した方が…。」

「私は…あの家では苦しくて、うまく息ができないんだ。」

「息ができない…って…。」

「会長…さっきのお祖父様だが、厳格な人でな…。私は幼い頃から、おまえは将来有澤グループのトップに立つ人間だと言われて、お祖父様に厳しくしつけられたんだ。」

杏さんは少し苦しそうに、大きく息を吐いた。

「食に関する会社を経営している事もあって、食事の時間は特に厳しかった。私は昔から食が細くて、偏食も多くて、食べるのがとにかく遅くてな。」

確かに杏さんは少食で、食べるのが遅い。

それは今も変わってないんだな。

「同居の親族全員で食事をするんだがな、うちには食事に関する厳しいルールがあって、テーブルマナーはもちろん、食事中は私語厳禁、出された食べ物を残してはいけないし、全員が食べ終わるまで席を立ってはいけない。」

ドラマなんかでよく見る大富豪の家みたいだな…。

そんな食卓、杏さんでなくても息がつまりそうだ。

「ただでさえ時間に追われて忙しいのに、私が食べ終わるまで席を立てないから、みんながイライラしているのが子供心にわかってな。それがものすごいストレスで、食事の時間は地獄だった。」


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