プリテンダー
それから少し話した後、もう時間も遅いので話はまた明日という事になり、僕は杏さんが呼んでくれたタクシーで自宅に戻った。

なんだかえらい事になってしまった。

明日、僕が会社で仕事をしているうちに、引っ越し業者が僕の荷物をまるごと杏さんの家に運ぶらしい。

さすが大企業のご令嬢だ。

夜中だろうが電話1本で翌日の引っ越しの依頼を引き受けさせてしまった。


見られて困る物は処分しておけと杏さんに言われたけど、見られて困る物なんてあったかな?

僕はネクタイをはずしながら、引き出しを開けて確認する。

あ…こういう事か。

美玖と一緒に撮った写真が何枚か出てきた。

持っていても仕方ないし、コンロで燃やしてしまおう。

ガスコンロの火に近付けて写真に火をつけ、シンクに置いた。

端の方から少しずつ写真は燃え落ちて、黒い灰だけが残った。

デジカメやスマホのデータを開いても、2年も付き合っていた割にその数は少ない気がする。

美玖は写真写りが悪いからと言ってあまり写真を撮りたがらなかったし、今思えば僕との思い出なんて、美玖には必要なかったんだろう。


美玖と撮った画像のデータを選択して、削除ボタンを押す。

“削除しました”の一文で、美玖との思い出は跡形もなく消えた。

付き合っていた2年分の思い出を処分するのにかかった時間は、ほんの数分。

呆気ないもんだな。




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