プリテンダー
なんだか生活感の漂う細かいことばかりだ。

むしろ杏さんは今まで、この部屋で暮らしている生活感が無さすぎたんだと思う。

昨日初めてここに来た時には、生活臭みたいなものが一切しなかった。

冷たくて無機質で、だだっ広い箱の中みたいだと思ったんだ。

「食事については鴫野に任せる。私が遅くなる日は先に食べてくれればいいし、風呂も私が帰る前に済ませてくれて構わない。」

「わかりました。遅くなる日は連絡いただけると助かります。」

「わかった、そうしよう。」

二人で一緒に生活をする上でのルールはこんなものか。

杏さんはビールを少し飲んで、小さくため息をついた。

「それと…この事は他言無用だ。わかるな?」

「もちろんです。」

直属の上司の杏さんと暮らしているなんて、会社では絶対に知られたくない。

「社外の友人に引っ越し先を聞かれたら、どうすればいいですか?」

「そうだな…。親戚の家に居候しているとでも言っておけ。でもここに呼ぶのはダメだ。」

「呼びませんよ。」

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