プリテンダー
杏さんは缶に残っていたビールを飲み干し、ガツンと音をたててテーブルの上に缶を置いた。

「それから、念のために言っておく。婚約者と言っても、あくまでふりだからな。この間みたいな事は…!」

そこまで言って、杏さんは口をつぐんだ。

あ…そういう事か。

酔った勢いでとか、なんとなくその場の雰囲気でとか、とにかくこの間の夜みたいな、やらしい事はするなって言いたいんだ。

ばあやみたいだなんて言ってたけど、一応僕も男として見られているらしい。

嬉しいような、哀しいような。

思わず苦笑いがこぼれる。

「もうしませんよ。」

「本当だろうな…?」

杏さんは疑わしげに僕を見た。

「ホントにしませんって…。いやがってる相手を無理やりどうにかしようなんて、本来の僕は思ってません。」

僕の言葉を聞いて何を思ったのか、杏さんは顔を真っ赤にしてうつむいた。

…この間の事、思い出したのかな?

真っ赤になってる杏さん、ちょっとかわいい。

もうちょっとそういう顔、見てたいな。

「杏さんがいやならもちろんしませんけど、合意の上ならいいですか?」

あれっ?

口が勝手に…。

杏さんは更に顔を赤らめ、僕に思いきりクッションを投げ付けた。

「うわっ!」

「ばっ…バカ言うな!!合意なんかするわけないだろう!!」

「ですよね…。すみません、調子に乗り過ぎました。」

そっと様子を窺うと、杏さんはまだ赤い顔をして、そっぽを向いている。

なんかかわいいな。


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