痛くて愛しくて、抱きしめたい
「あーあ、スペアキーは家だしなー。電車で帰るしかねーか。なぁ、駅ってどこ?」
原付を断念したタイショーに、わたしは最寄り駅を教えた。
最寄りと言ってもけっこうな距離があり、タイショーは道順がわからないらしい。
というわけで、わたしが徒歩で送っていくことになった。
駅へ向けて歩きだしたわたしたちは、最初こそ少ししゃべったものの、すぐに会話が途切れてしまった。
タイショーはわたしのスピードに合わせて歩きながらも、心ここにあらず、だった。
もし、とわたしは考えた。
もし、タイショーと姉が別れることがあったら、わたしたちの関係はどうなるんだろう。
タイショーが姉のものじゃなくなったら――
それを想像すると、胸の奥にひっそりと、仄暗い喜びが芽生えるのがわかった。
と同時に、そうなればタイショーとわたしの接点はなくなるだろう、とも思った。
ふたつの感情が絡み合って、わたしは怖くなった。
自分の心の中に、見ず知らずの魔物が居ついてしまった、そんな気がした。
―――そのときだった。
ぶ厚い雲に覆われた空が、とつぜん、決壊したように雨を吐き出した。