痛くて愛しくて、抱きしめたい
「そう。いろんなものが積み重なってて、片づけることもできない部屋。
全部捨てちゃいたいのに、メチャクチャで手をつけられないの。
だから、扉を閉めて、見ないふりして‥‥‥」
言いながら、変な例えだなと思った。けれど、正直な気持ちでもあった。
姉は何かを考えるように、しばらく黙ったあと、静かな口調で言った。
「それは、その部屋の中にまだ、大切なものが埋もれてるってことじゃない?」
大切なもの‥‥‥?
「葉月が捨てたくないもの。大事にとっておきたい、何かが」
わかるような、わからないような、不思議な気持ちだった。
だけど胸の奥底で、たしかに何か触れた気がした。
「―――あ、おかえりなさい」
姉が少しスピーカーを離して言った。どうやら吉川さん、いや、お義兄さんが帰宅したらしい。
時刻は20時。今からふたりで、姉の手料理を食べるのだろう。
「ごめん、長電話になっちゃったね」
「ううん、またいつでもかけてきて」
「ありがとう」
そして電話を切る間際、ふいに姉が、こんなことを言った。
「葉月、大丈夫だよ」
まるでおまじないをかけるような、やさしい声で。
「みんな、色んなことがあっても生きていけるの。いいことも悪いことも、長い人生のうちの一瞬。
だから、大丈夫だからね」
うん、と小さく答えて、わたしは電話を切った。