そして俺は、君の笑顔に恋をする
工藤尋匡という男
◇
空が茜色に染まる夕暮れ。
帰りのホームルームが終わり、カバンを肩にかけて黒瀬凪咲は自分の席から立ち上がる。
ふと、窓の外に目をやると、校門からすこし離れた場所に目立たないようにして立つ、スーツの男が目に入った。
彼は、工藤尋匡。
FBIからやって来た警視庁刑事部捜査一課の警部で、今は黒瀬の専属警護をしてる。
背は高く、軽く見積もっても180はあるんじゃないだろうか。
少し癖のある茶髪をワックスでかため、後ろに流している。
中性的な顔立ちだが、各パーツそれぞれがしっかりしている為、それなりにかっこよく見える。
まあ、そんなことはどうでもいい。
警護が始まって一ヶ月ちょっとが過ぎた。
毎日大変だろうに、工藤は変わらず警護をしてくれている。
(あ、欠伸した…)
朝早くから夜十二時過ぎまで、つきっきりなのだから無理もない。
交代したらいいのに、と内心で思っていてもなかなか口に出せないのは、彼の警護が今まで一番安心できるからだろうか。
今まで黒瀬凪咲を警護してきた警官たちは十人以上。
そのどれも不愉快極まりないものばかりだった。
セクハラ紛いのことをしてくる奴もいたし、警護しない奴もいた。
警官や刑事なんて所詮こんなもんだと、半ば呆れと諦めを感じていた時、彼がやってきた。
雪村さんと佐久間おじさんが直々に頼み、わざわざアメリカのFBIから連れてこられたその男が、この工藤尋匡。
おまけに、元は警視庁の警備部警護課でSPとして働いていたという経歴の持ち主。
輝かしすぎる経歴に、改ざんを疑ったが本当らしい。
雪村さんからも聞いた。
『いやー最初から彼に頼むつもりだったんだがね、FBIが彼を手放すのをかなり渋ったんで、説得するのに時間がかかったんだよ。結果、条件付きで一時的に帰ってきてもらったわけ』
と、何とも言い難い、素晴らしい経歴が本物という事が分かったわけである。
(…たしかに、上手いもんなぁ警護)
そう、何のかんの言いつつも、工藤尋匡は警護が上手かった。
いつの間にか彼の存在を忘れてしまうほど、工藤は自身の存在を消す。
しかし、ふとした時には必ず傍にいる。
他人に怪しまれない距離感と、警護できる距離感のちょうど間を彼は歩いているのだ。
けしてへこたれる事もなく、手を抜くこともなく真面目に取組んでいる。
すごいな、と感心してしまうことがあるほど、彼の警護は自然で抜け目なく、完璧だった。