そして俺は、君の笑顔に恋をする
怒濤の七日間
静寂
◆
次の日。
黒瀬の気遣いのおかげでたっぷりと睡眠がとれた工藤は、朝早く日が昇り始めた頃に黒瀬のマンションに向かった。
「先輩っ」
「お、工藤か。おはようさん」
「おはようございます。すいません、急に警護変わってもらって」
彼は工藤が昔所属していた警護課で工藤の教育係だった先輩刑事、伊波。
SPとして現役で働いているベテランだが、時間的に都合がついたため代わりを頼んだのだ。
「いいよ。俺を頼ってくれて嬉しい限りだ。今じゃお前は俺の上司だからな」
「やめてください。あの肩書は玉露のおっさんが勝手に作ったものです。経験も腕も、伊波先輩には遠く及びませんよ」
「相変わらず謙虚だなお前さんは」
そう言って伊波は笑う。
「マルタイは動きなし。不審人物も見なかった」
「そうですか」
工藤から渡された缶コーヒーを口にしながら、伊波は黒瀬のへやの窓を眺める。
「...警護し始めてどれくらいだ?」
「一か月と十日です」
「これといって動きは?」
「なしですね」
「...なるほどなあ。警護課には依頼できない訳だ」
警護課の、つまりSPの仕事の多くは、国の要人や政治・経済に影響力のある著名人の警護だ。
いつ襲われるか分からず、誰に狙われているかもその理由もはっきりしていない相手を長々と警護するできるほど警護課は暇ではない。
「着任したてで仕事に融通が利き、しかも警護経験ありの腕の立つ刑事はそういない。お前が重宝されるわけね」
「...おだててもダメですよ。俺はそんな大層な人間じゃない。それに警護は日本に居た頃の一年間だけしかやってないんです。それ以外は捜査官としての仕事しかしていない。それにアメリカと日本じゃ勝手が違う...これで正しいのかって試行錯誤の毎日ですよ。本当に俺でいいんだか...」
「そうか?俺は、お前を選んだ警視正の判断は正しいと思うぞ」
「...?お世辞ですか?」
「ははっ、いいや世辞じゃない。お前は優秀だった、冗談抜きで。元は刑事部にいて、若くして活躍していたお前をわざわざ引き抜いたんだぞ?腕は経つし判断力も申し分ない、観察眼も優れていた。おまけにお前は顔もよくて性格も人一倍よかったから大臣共から引く手あまただったし、FBIに行くとなったときは上層部共が渋ったもんだ」
「はっ...いくら何でも言い過ぎですよ」
「言いすぎなもんか。お前は優秀だったんだ、誰に聞いてもそう答える。その時の腕が鈍ったとは思えん。自信をもって警護を続けろ」
伊波はそう言うと工藤の肩をポンポンと叩き、「お疲れさん、頑張れよ」と言葉を残して去っていく。
「用があったらまた頼ってくれよー、昔のよしみだ」
「...ありがとうございます」
工藤は深く頭を下げて、去っていく彼を見送った。