そして俺は、君の笑顔に恋をする
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「さてさて、任務の詳細を伝える前に工藤くんと一課をまわって案内してこようかな」
そう言うと、雪村は工藤と連れて歩き出した。
一課の各部署を歩き回り、今度は刑事部内の二課や三課をまわる。
その時
「た、助けてくれー!!」
男の叫び声が建物内に響きわたった。
「な何事だ!」
工藤が廊下に飛び出すと、頭の薄く小太りな男が必死な表情で暴れまわっている。
しかし、すぐにその場でつんのめって倒れこんでしまった。
「痴漢犯。五回までは我慢したけど同級生にも手を出し始めたからもう無理。公然猥褻罪にでもして雪村さん」
女の声がした。
美しく澄んだ芯の強い声。
まるでそれに惹かれる様に、工藤はゆっくりと顔を上げた。
そこに居たのは学生服を着た女の子だった。
高校生ぐらいだろうか。
やけに大人びて見える。
真っ黒で艶のある髪を一つに結い、革のスクールバックを肩にかけて腕を組んでいた。
一目で綺麗だと思った。
ただ一つ気になったのは彼女の目。
倒れこんでいる小太りの男を見下ろす彼女の目は、酷く冷たく暗いものだった。
「いやー黒瀬くんまたか。いつも悪いね」
「……じゃあ、ちゃんと渡したんで」
女の子はそう言うと、つかつかと元来た道を帰っていく。
工藤はその後姿に釘付けになった。
その、寂しげな後ろ姿に。
「……あの子は、」
「ああ、気になった?あの子はねえ、黒瀬 凪咲(なぎさ)。高校三年生で、すごく正義感の強い女の子でね、こうやってよく痴漢やら棒鋼やら窃盗の犯人を現行犯で連れてくるんだ。今月だけで五件は犯人連れてきてるかな」
「へ、へえ…」
そんなデンジャラスな子だったのかと、足元で転がっている痴漢犯と思われる小太りの男を見つめながら納得する。
やたら傷が多い。
きっとここに連れてこられる前に、彼女にやられたのだろう。
だから「助けて―!」と叫び暴れていたのだ。
まあ、自業自得だから同情する余地もないが。
「工藤くんもこれから関わることになるんだから、名前ぐらい覚えておこうね」
「……は?」
よく分かっていない工藤は頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「君の任務はね、彼女…黒瀬 凪咲の護衛なんだ」
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これが俺と彼女の初めての出会い。
この頃はまだ、彼女の過去も秘密も、何も知らなかった。
ただ心のどこかで、ずっと彼女に惹かれていたのは間違いない。
そう、確信していた。