そして俺は、君の笑顔に恋をする
取り上げたのは黒瀬。
「ッハナさんを返してっ!」
声を荒げて受話器ごしに叫ぶ。
「欲しいのはあのデータでしょ!?持ってるのは私!!ハナさんは何も関係ないっ!何も知らないのっ!だからハナさんを解放してッ」
『――……はあ~~、あんたさあ、黒瀬凪咲だろ』
「そ、そうよっ」
『――なぁんにも分かってねーなあ』
「え、…」
スピーカー越しに漏れた、呆れたような、がっかりしたような声に、黒瀬は戸惑ったように口ごもる。
『――こっちはあんたがデータ持ってることなんて知ってんだよ。その居場所を誰にも言ってないことも、この九重っていう女が何にも知らないことも知ってんの。知ったうえで、誘拐してんだよ』
「な、なんで…」
『――あんたらみたいな正義感の塊みたいなやつは、外堀から責めていった方が一番有効なんだよ。口を割りやすいの、それが常識なの。分かる?おじょーさん』
「…ッ!」
『――だからさあ、犯罪のイロハも分かってないようなずぶの素人は引っ込んどいてくんねーかな。クドウちゃんと話してんだからさぁ。オレ、これでも短気なんだよ。次、横割りしたら思わずハナさんっていうあんたの大切な人、手ぇ出しちゃうかもしんねーから』
「や、やめてっ!…もう、何も、言わないから……ハナさんに手を出さないで…っ」
『――…わかったら、クドウちゃんに代わってくんない?めそめそしないでさ、オレ、ガキって嫌いなんだよ』
一際低い声で脅され、黒瀬は震える手でスマホを手放す。
それを受け取りながら、工藤は頑張ったと励ますように黒瀬の肩に手を伸ばした。
小さな体を悔しさに震わせる黒瀬に、工藤の怒りはどんどん膨れ上がっていく。
「…おい、何のつもりだ」
『――何のつもりだってのはコッチの台詞だし。オレがガキ嫌いなのは知ってんだろ?ガキっつうか馬鹿なやつっつうか。交渉の意図も分かってないような頭の悪い奴と話してっとむかむかすんだよね。やっぱ話し相手はクドウちゃんに限るわあ~』
「…余計な話はしない、時間の無駄だ。要求を言え」
『――ん~フフ!話が早いねえ。オレが欲しいのはデータ、あんたらがブラックボックスっていってるやつ。それを持って明日の正午、都内×××公園の広場中央の噴水の前に来い。持ってくる奴はあんた、クドウちゃんでいいよ。他の奴らとやり取りすんの面倒だから。ただ、黒瀬凪咲も一緒に連れてこい。後の指示は指定の場所に二人がついてからだ。いいな?』
「…ああ」
『――じゃあ、待ってるぜ。クドウちゃん』
ブツッと、あっけなく切れた電話を持ち、工藤は雪村の方に顔を向ける。
「…逆探知は」
「ああ。郊外の公衆電話からだ。部下を向かわせてはいるが…今から行ってももう遅いだろう」
「そうですね…でも、周辺の監視カメラの映像だけ、本庁に送らせておいてください」
「分かった」
それ以降、電話がかかって来ることはなかった。
酷く緊張感のある、重苦しい時間は続き、
陽は沈み、夜が更けていった。