そして俺は、君の笑顔に恋をする





午前十一時


黒瀬と工藤は車に乗り込み、例の公園へと向かう。



警察が先に動き、あらかじめ人払いがされていたおかけで人は少なかった。


噴水の前に到着した黒瀬と工藤はとりあえず傍に腰かける。



あたりの建物や物陰には武装した特殊捜査官、世間一般で言うSITが待機している。


工藤の合図で突入する手はずになっているのだ。



隣に腰かけている黒瀬の手にはUSBメモリが握られている。


一体何処に持っていたのか、いつ準備したのかは分からないが、そのUSBメモリの中身こそ、彼らが欲してやまないブラックボックスと言う名のデータだという。




(これを巡って…一体何人が命を落としたんだろうか…)




命を落とさなくても、事件に巻き込まれた人間は工藤たちが知るよりずっといるだろう。


敵にとってはそれだけ価値のあるデータという事になる。


ここに来るまで、車の中で黒瀬は独り言のようにつぶやいていた。



『…こんなもの、なければよかったのに』



これがなければ、黒瀬の両親も兄も、ハナも事件に巻き込まれることなく平和に過ごしていたはずだから。




「黒瀬」


「…はい」


「ブラックボックスについてだけどな…警視庁のお偉いがたは手放すことを渋ってる。そのことについては話したな?」


「……はい」



複雑に暗号化されたブラックボックスのデータを解明できさえすれば、組織犯罪対策班を中心に長らく追って来た巨大な犯罪組織を滅ぼすことが出来るかもしれない重要なものだ。


ここ数年、黒瀬の兄にその解析を一任され完全に解読することに成功したがその結果を誰にも伝えることなく誠一郎は亡くなった。


データの在りかも言わぬまま。


それを誠一郎亡き今、妹の黒瀬凪咲が持っていることが今回の一件で警視庁の上層部に報告がなされた。


誘拐されたハナを救う為にそれが必要と言っても、もちろん警視庁上層部の人間がそれを許すはずもない。


敵には偽のデータを与え、本物のブラックボックスは持ち帰るように。


それが上層部の指示だ。




だが、




「…俺は、もうデータを渡してしまってもいいと思う」


「!!...工藤、さん」


「黒瀬がそれを手放せば、もう二度と狙われることもないだろう。組織の壊滅は警察に任せればいい。データがなくとも、日本の警察は優秀だ。いずれ尻尾を掴み、その組織を潰せるさ。時間はかかっても、絶対にな。」



まあ、刑事としてじゃなく、俺一個人の意見だけど。


工藤がそう言うと、黒瀬は目を丸くして見上げる。



(工藤さん…私が、これを手放そうとしてるの、分かってるんだ…だから、私が罪悪感を抱かなくていいように、こんなことを…)



工藤は優しい。


人の心情をくみ取り、どこまでも優しく、手を差し伸べてくれる。


出会ってからこれまで、数え切れないほどその手に救われてきた。



(この手を…取ってもいいのだろうか…)



工藤に甘えれば甘えるほど、きっと彼の肩にはたくさんの責任が圧し掛かるに違いない。



(それでも……)




黒瀬は再び俯き、手の中のそれをぎゅっと握りしめた。




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