そして俺は、君の笑顔に恋をする

『――そろそろ、九重ハナを乗せたバンが来るよ』



力也は言う。


電話越しに指示が出るのを待っていた工藤は、その後に続く力也の無言の時間に眉を顰めた。



「…?おい、九条」


『――……』


「…エリック、聞いてるのか。さっさと指示を…」




『――ねえ、クドウちゃん』


『――もしさあ、オレが、あんたの為にこの仕事を引き受けたって言ったらさあ…』


『――クドウちゃんは信じてくれる?』




「…え、」



その言葉に、工藤は言葉を失い、携帯から流れてくる彼の声にただ耳を傾けていた。











工藤の隣に座っていた黒瀬は、電話で誘拐犯と話す彼を不安げに黙って見つめる。



(何、話してるんだろう…)


黒瀬の耳には彼が話す内容は聞こえない。


だが、話に割り込む気にはならなかった。


昨日力也に言われたことが頭から離れなかったから。



『――だからさあ、犯罪のイロハも分かってないようなずぶの素人は引っ込んどいてくんねーかな』



力也の言った通りだった。


黒瀬は犯罪の対処法も、彼らの行動が何を意図するのかも何も知らないずぶの素人。


対して工藤尋匡はいくつもの事件を相手にし、経験も豊富な、刑事。


他の刑事や犯罪者すらも一目置くベテランなのだ。



まかせればいい。


そうできるだけの信頼は、十分すぎるほどある。


(大丈夫、工藤さんに任せていれば、絶対に…!!)


そんな事を心の中で思っていた時。



「…黒瀬」


「…!! はい…!」



いつの間にか電話を終えた工藤が、声をかける。


ここに来た時よりもさらに神妙な雰囲気を背負って。



「黒瀬…今から話すこと、よく聞いて」



その声色は、静かさの中に確かな覚悟を秘めた強さを孕んでいて、黒瀬の身もピリリと引き締まる。



「これから五分後、十二時半にそこの道路脇に黒いバンが停まる。そこでハナさんが解放される。黒瀬はハナさんが解放されるのを見計らって彼女を助けにむかうんだ」


「う、うん。それじゃあ、データは…?」


「データは俺が持つ。……理由は、今は言えない」



「え、…」



彼の答えは意外なものだった。


今まで彼が、黒瀬にあいまいな答えを返したことはなかった。いつだってまっすぐに、彼女の望むものをくれたのに。


黒瀬を見つめる工藤の瞳は不安そうに、けれど譲れないと言いたげで。


きっと理由を言えない後ろめたさや、黒瀬の家族が多くの犠牲を払って守ってきたデータを自分が持つことに対する引けでそんな不安を抱いているのだろう。



(馬鹿だなあ…なんでこんなに、まっすぐなんだろう…)



そんな不安、必要ないのに。



「…分かりました」



黒瀬は握っていたデータを、工藤に渡す。


自分で言ったくせに「えっ…」と驚くバカ正直な工藤。



「大丈夫です。私、工藤さんのこと信じてますから。全部、お任せします」


「黒瀬…」


「それに、もう大事な人を失くすのは、嫌なんです。お父さんやお母さん、兄さんには悪いけど、私は訳の分からないデータより、私にとって大切な人の命をとります」



だから、データは工藤さんに。


そう言うと、工藤は受け取ったデータを固く握りしめて言う。



「黒瀬、誓うよ。君にとって大切な人は俺が必ず守る。このデータも絶対に奴らの手に渡らせない。…これから先、何があったとしても、今の誓いだけは信じてほしい」



工藤の目は酷く真剣で、



黒瀬は何も迷うことなく、しっかりと頷いた。









この時に気が付くべきだったのだ。



『何があったとしても』と言う彼の言葉を


『今は言えない』と言う台詞を、ほんの少しでも深く読んで入れさえすれば。



この後、あんな思いをせずに済んだかもしれないのに。



黒瀬は、そう、深く後悔することになるのだった




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