リナリア
* * *

「うわ…すごい…こんなの初めて見た。」
「今年は遅咲きだったみたいですね。」

 向日葵畑での一枚。母の写真集で、名桜が一番好きな写真の背景がここだった。

「知春さん、せっかくですしモデルやりませんか?」
「いいけど、この場合モデルは名桜じゃないの?」
「どうしてですか?」
「だって麻倉さんは早瀬さんを撮ったんでしょ?モデルは女性。」
「それはそうなんですけど、でも私はモデルじゃないですし。」
「そんなこと言ったら俺だって本業はモデルじゃないよ。」
「そうですけど!私より写真写りがいい!」
「…そんなことないと思うけどね。牛丼食べた後の写真とか、良かったじゃん。」
「!?な、何言ってるんですか!いいから撮りますよ。」
「途中で交代ね。」

 向日葵たちの中に降り立ち、大きく深呼吸をする。肩が上がってすとんと落ちる。向日葵に触れたその手が、かつてリナリアに触れた時と同じように優しい気がする。

「知春さんって。」
「んー?」

 名桜のオーダー通り、目線はこちらに向けないでくれている。

「割と花が好きですか?」
「花も嫌いじゃないけど、自然が好き。森林浴とか本当はしたい。」
「森と知春さんの組み合わせ、すごくいいですね。」
「そう?というか、向日葵ってすごいね、ちゃんと全部太陽の方を向いてるんだ。」

 向日葵と目線を合わせるために少し屈んだ知春と同じ高さになりたくて、名桜の方は少し背伸びをする。

「ちょっと自信作が撮れました。」
「見せて。」

 名桜は写真を再生する。知春が向日葵と視線を合わせている写真だ。

「少し可愛くないですか?」
「向日葵が?俺が?」
「どっちもですよ。」
「うーん、なるほどね。じゃあ交代しよう。」
「え?」
「カメラ貸して。」
「…本当に私を撮るんですか?」
「モデルの気持ちを知ることも大事かもしれないよ?」
「…モデルとしての才能はないと思いますけど。」
「そこは俺に任せてよ。」

 写真を撮られるのはどちらかと言えば苦手だ。それでも多分ここは譲らないであろう知春を目の前に、カメラを持ち続けることは不可能に思えた。名桜は渋々知春にカメラを渡した。

「あの…。」
「なに?」
「心もとなさすぎて、どういう風に動けばいいですか?」

 名桜は知春を振り返った。その瞬間に切られたカシャッというシャッター音。

「な、なんで今のを撮るんですか!」
「困った顔の名桜って珍しいからさ。あとはどうしようか。くるっと回ってみる?せっかくワンピースだし。」
「ま…回る…。」
「転ばないでよ。支えに行けないから。」
「回るくらいで転ばないですよ。」

 その場でくるりと回ってみる。普段相手にしているモデルたちのようにはもちろんうまくできはしない。

「可愛い可愛い。ぎこちなさがぽい。」
「それ、絶対褒めていませんよね?…でもモデルさんの苦悩がこの30秒くらいで少しわかった気がします。」
「自由にっていうオーダーって、結構悩むでしょ?」
「はい。目線も仕草も何が正解なのかわかりません。」
「正解はないんだよ、多分。」
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