リナリア
「…知春さんも緊張ってするんですね。」
「するよ。それに、これから俺がやることは経験したことがないことだし。撮影始まったら緊張する場面ばっかりかもね。」
「…私、手助けできていますか?」
「うん。じゃあ、もう一段階試してもいい?」
「…ものによりますけど。」

 恥ずかしさで自分が耐久できるところがどこまでなのかはわからないが、力になれる部分は頑張りたい。

「手の繋ぎ方、変えてみてもいい?」
「あ、はい。」

 手くらいなら、一瞬の恥ずかしさを乗り越えてしまえばいい…はずだ。

「今の繋ぎ方って、俺が前を歩くからこれでいいけど、名桜に違和感はない?」
「…はい、特に違和感と呼べるようなものはないです。」
「こっちに変えるとさ。」

 手が一度離れ、握り直される。

「こうすると、俺が後ろ歩く感じじゃない?」
「そうですね。…そもそも、誰かと手を握るということに慣れていないので、どちらでも違和感はないです。」
「それもそうか。じゃあもう一つ試してもいい?」
「はい。」

 また手が離れて、指が絡まる。

「これが恋人つなぎってやつで合ってる?」
「…おそらく。雑誌の撮影でやってもらったことがあります。」
 
 名桜の指の間にある知春の指に、少しだけ力が加えられた。傍から見ればたったそれだけのことなのに、慣れないせいで妙に緊張してしまう。繋いだ手を見つめて、知春が口を開く。

「…さっきよりも密着度が上がった感じがする。なるほどね。」
「なにが、なるほど…ですか?」
「好きな人となら、少しでもたくさんくっつきたい。なるべく触れていたい。きっとそんな気持ちなのかもね。」

 名桜はそっと力を込める。確かにより密着度が上がる。

「…んー…やっぱり…だめだ。」
「えっ!?あ、わ、私何かまずいことを…。」
「…そうじゃなくて…これ、慣れるのに時間がかかりそう。」
「…どういうことですか?」
「握り返されるみたいに、なんか…その、相手が想いを返してくれるというか、自分を好きなんだなって思える行動をしてくれると…その、どうしていいかわかんなくなる。」

 知春はより目深に帽子を被る。見えた耳が少し赤い。
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