リナリア
「…慣れるために、このまま歩いてもらってもいい?」
「…はい。」

 手の力を抜いてしまえば、きっと今知春が欲しい感情には近付けない。それをわかっているからこそ、恥ずかしさがあっても応えたい。今の名桜ができる、最大限だ。

「手が熱くてごめんなさい。」
「それは俺も同じだから大丈夫。付き合わせてごめんね。でも助かる。」
「知春さんに頑張ってほしいって気持ちは、…あるので。」

 目的の駅まで着いた。自然と手が離れる。

「はー…手を繋ぐのも、気合が必要だなぁ。練習できてよかった。ありがとう、名桜。」
「いえいえ。…もっとスマートにできればよかったんですが…。」
「初めて同士だから仕方なくない?貴重な経験値ということで。本当に助かった。」
「…これで助けになるなら、何でも言って下さいね。頑張ってほしいと背中を押した責任もあるので…。」
「何でもなんて軽々しく言っちゃだめだよ。名桜も忙しい人なんだからさ。」
「知春さんには負けます。」
「…じゃあ、また付き合ってよ。両想いの練習。」
「へっ!?」

 変な声が出た。

「なんでも…って言ってくれるなら、今一番俺が助けてほしいことは両想いの練習だよ。」
「…それは、そうかもしれませんが…。その方向性でくるとは…。」
「まぁ、無理にとは言わないし、名桜の嫌なことはしたくないからそれははっきり言ってね。」
「…無理じゃないですし、や、やります。知春さんには色々とご迷惑もお掛けしていますし、今日も付き合っていただいてますし…。」
「今日は好きで来たんだけどね。でも、ありがとう。こういうの頼めるの、正直名桜しかいないから助かる。」
「…頑張ります。」

* * *

 麻倉のスマートフォンが震えた。

『向日葵は満開でした。名桜をモデルに数枚撮らせてもらいました。お裾分けです。』

 向日葵畑の中で振り返った娘の表情に、思わず笑みが零れた。普段は動きやすさを重視した服装だが、今日はワンピースだったようだ。それも相まって、彼女の面影が強く感じられる。

「あーあ…ついに似てきちゃったなぁ。ついにというか、まぁ元々似てはいたんだけどね。」

 どちらかといえば、幼少期から彼女に似ていた娘は日増しに彼女に近付いていく気がする。仕事を一緒にしているときには感じないけれど、こうして写真に切り取られると、ふとした目や輪郭が彼女に近くてハッとすることが増えた。

『今日という日に、名桜を一人にしないでくれてありがとう。写真も上手だね。名桜の母親にそっくりでびっくりしたよ。』

 そう送って、スマートフォンを伏せる。

「由紀…。名桜はどんどん、君に似ていくよ。」

 瞼を閉じれば浮かぶ、消えない笑顔。麻倉は、そっと祈る。どうか、空の上でも笑っていてくれますようにと。
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