リナリア
「さっき、目逸らしたでしょ。」
「…す、すみません。平常心を保てませんでした…。」
「名桜は素直だなぁ。」
「大丈夫だと思ったんですけど、…すみません。」

 ただ手を握られて、握り返しただけ。文字にすればたったそれだけのことが、頭から、感覚から離れてくれない。

「…あまりお役に立てそうになくて申し訳ないなと思っているところです…。」
「充分役に立ってるから大丈夫だよ。それよりさ…。」
「はい?」
「魔法使いの役なんて生まれて初めてやるんだけど…。というか、魔女じゃなかった?男でいいのかな?」
「そこは…脚本家の方がいるようですし、どうとでもなるんじゃないですか?それこそ、キャストが決まった時点で多少変えるでしょうし…。」
「そう…だよね。それにしても魔法使いかぁ…。難しいなぁ。」
「知春さんの場合は王子様の方が簡単だったかもしれませんね。所作はいつも通りでいい、セリフはそのままでいい、そんなに作り込む必要がおそらくないかと。」
「うーん…、でも、一回踊った相手に恋するほど、俺、惚れっぽくないと思うんだけど。」
「惚れっぽい!そこを惚れっぽいと捉えるんですね。」
「え、違う?」

 なんだか妙にツボに入ってしまい、名桜は笑った。

「え、そんな笑うところ?」
「知春、なんで後輩に笑われてんの?」
「っていうか、知春くんの知り合いなの?」
「さっきの座り方一つで~とかいう話もなんかプロっぽかったし。」
「えっ…。」

 今度は名桜が囲まれる。演劇や映像作品については全くの素人だ。プロですとは言えない。知春の知り合いではあるが、確かに知春と接点がありそうな人間にはとてもじゃないが見えないのだろう。普段囲まれることがない分、いきなりのことに慌ててしまう。

「知り合いというか、プロだよ。本物のカメラマン。」
「知春さん!」

 知春の口から真っ直ぐ出た言葉に、より一層慌てたのは名桜だった。
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