リナリア
「…さすがに、年上なんで呼び捨てって…。ていうか、呼び捨てにする仲だと思われるのもいらぬ誤解を生みそうで…。」
「真面目だね。いいじゃん、今は二人しかいないし。」
「百歩譲ってさん付けです。」
「いいよ、あなたじゃなければなんでも。」

 そう言うと、知春は花と対峙してあぐらをかいた。花を見つめる目は優しい。名桜はカメラを構えた。知春の顔を入れてしまうと、どうしても主役は知春になってしまう。そのくらい、知春という存在は強烈に人を惹きつける。だからこそ、花を主役にするのならば、知春の顔は入れてはならない。

「え、その格好で撮るの?」
「はい。」

 名桜は芝生の上にうつぶせになる。花と同じ高さになるにはこれしかない。

「ジャージに着替える時間ももったいないし、この芝生程度ならそんなに汚れません。」
「…プロだね。」

 ふと、知春の手が優しく花びらに触れた。名桜はシャッターを切る。ズームして、もう一度。
 身体を起こして写真を確認する。花をメインにした写真はこれでいい。せっかくいい被写体がいるのだから、知春のことも撮ることにする。

「もう終わり?」
「花メインは。次は、知春さん。」
「え?俺、さっきどういう映り方してたの?」
「手だけ、お借りしました。」
「…面白いね。で、今度は顔も込みで撮ってくれる?」
「そのつもりです。あ、でもこの写真を売ったりとかそういうことはしないですから。」
「うん。そういうのするような人だって思ってないし。」

 「練習、でしょ?」なんてさらりと言ってしまうのが、きっと伊月知春というひとなのだろう。
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