リナリア
「役の中のやつは、告白して玉砕して、それでも最終回まで主人公が好きで、まぁ見守るみたいな形で終わったけど。」
「…どうして、告白できないのかって…訊いてもいいことですか?」

 名桜の手が止まった。作業なんて続けられない。

「もうすぐ結婚するから、その人。」
「え…。」
「だから、想いが通じ合う役をやりたいのか、わからない。ていうか、できるのかって話。その前に。」

 暗室特有のオレンジの明かりを見上げながら、知春はそう呟いた。

「あー…ごめん。俺より傷ついた顔してる。」
「いや…そんなことはない…はずなんですけど、あの、何て言ったら…。」
「俺が悩んでるってだけの話だよ。経験したことのない両想いってやつを体現できるのか、って。」

『経験したことのない両想い』という言葉が重く響く。経験がない感情を、どのように表現するのかと問われれば、名桜には答えようがなかった。

「…悩みます、それは。経験したことのないものを、お芝居で出す…のは…。お芝居なんて、したことがないけど…、知らないものを出すのは…私にはできません。」
「俺にもできないよ。前に名桜、言ってたじゃん。どんなことにも無駄にならないって。それって経験したものはってことだよね?」
「…そう、ですね。」
「…マネージャーはやってほしいんだと思う。」
「なんでですか?」
「ある意味主役級だからじゃないの?」
「そういうものなんですね…。やっぱり俳優さんは大変ですね。」
「脇役でもなんでも、俺は演じることができたら、それで充分楽しいのに。」

 ぽろりと落ちた、きっと本音。ただ、うまく答えることは名桜にはできない。
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