リナリア
* * *

 撮影が始まった。奥の椅子に座って、父の仕事ぶりを見つつ、今日の撮影相手を観察する。
 入ってきた瞬間こそ無表情だったが、今はシャッターが切られるたびに表情が変わっていく。綺麗、かっこいい、優しい、可愛い、まで。

「今のいいね。もう一枚こっち向いてくれる?」
「はい。」

 緊張しているようには見えない。もう慣れた仕事なのだろう。ただ、少しだけ引っかかる。完璧すぎる表情に。求められているものに瞬時に応えられるのはすごい能力ではある。きっとその表情に需要はあるし、だからこそ雑誌は売れるのだろう。

(何考えてるのかな…この人。)

 初めて会った人の思考なんてわかるはずもないけれど、何を考えればそんな風にコロコロと意図的に表情を変えることができて、しかも完璧なのか。

「じゃあ一旦休憩ー!」

 その声と同時に、ふっと力が抜けたかのように知春が笑った。

「それだ!」
「名桜!?また大声出して!」
「すみません!」

(…今、見つけた。あれが本物だ。)

 今日見た表情の中で一番いい顔。少しだけ気が抜けて、でも笑っていて。あの笑顔なら撮りたい。一瞬を切り取ってみたい。

「お父さん。」
「伊月くんの顔、気に入ったようだね?」
「そうじゃなくて!後半もお父さんが撮って。メインで。」
「え?」
「私はセンターでは撮らない。横で勝手に撮らせてほしい。どうしても切り取りたい一瞬があるの。」
「…なるほどね。いいよ、名桜の好きなようにしてみなよ。」
「ありがとう。」

 名桜はカメラを手に持った。どうしてもあの瞬間を収めたい。ただその一心で。
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